昔から


ほんのりクライヴ→ジル

それまで放り込まれていた環境が劣悪だった為か。
豪華さとは程遠いが悪いとも思わない宿だ。
クリスタルの供給がオリフレムから本当に無くなっちまったしな…神皇政府は今や自治領で裕福な貴族を優先にヴァリスゼア随一の強大なマザークリスタルの下で贅沢な暮らしを謳歌しているよとマルシェとノースリーチの町中を警備にあたる皇国兵士たちがもらした。
寂れたここより、自治領へ行きたいもんだ。
ノースリーチに唯一ある宿はおしゃべりが好きな老人もだんだんと寡黙になっていってね…と家族のものたちが教えてくれて。小麦の収穫も大分減っちまった、贅沢どころか蓄えもどれほど持つかねえ…とそれまでの暮らしを失いつつある彼らのふとしたひと言は、正直堪える。
マルシェにまだパンは売っているし、魚とハーブは取れたてだと勧められてジルと共に室外に備えられた簡素なテーブルでその日の食事を取り。
娼館で休んで行けば良いわよとイサベラは笑みを浮かべたがすぐ後ろの彼女の気配が凍り付いていると感じ取ったので今日この宿へ泊まることにした。
同じ部屋に割り当てられジルが体を綺麗に拭いている間はトルガルと共に5年前も訪れた稽古場やベアラーたちへ彼らを気遣う貴族から頼まれた食事を届けた辺りを回る。
ここからもかつてザンブレク皇国の首都だったオリフレムの輪郭はうっすらと見える。
オリフレムは欺瞞と偽善に満ちた歓楽街だとベアラー兵としてあちこちへ連れ回され。
雑兵として死ぬまで戦い続けたその日に生き残ったのが俺だけだった時も流産したと噂を聞いた母の姿を遠くから見つけたあの日も、同じように思っていた。その考えは変わらないまま時だけが過ぎ、オリフレムが嫌いな自分がずっと嫌いなままだった。そんな俺を気にかける人など金輪際現れないだろう、と。
―それが変わったのはジルが何千人もの命を手に掛けた兵器だと言われていたシヴァのドミナントだと知って。そしてシドと出会い、トルガルとまた会えた日。
そして俺自身がイフリートのドミナントなのだと真実を受け入れた日。
オリフレムのベアラーたちの扱いには疑問視している役人たちもザンブレク皇国に決して多くはないが、いるのだと。
彼らを気遣う役人やひとりの少女が石化して亡くなった現実-もう会えないのが死なのだと真実を告げた長の娘。風の便りではあるがここにかつて住んでいた若い女性がベアラーたちの保護を手助けしていると。
トルガルがひとりのベアラーが風の魔法で洗濯物を乾かしていた場所のニオイを嗅いでいる。
命令や道具としてではなく、保護された後にちゃんとした働き口が見つかっていると良いなとトルガルの頭を撫でてやる。
自治領へ遷都してからは娼館馴染みの客はそれほどベアラーたちへの監視に対して厳しくはなく、イサベラたち含め娼婦たちと上手くやり取りしながらここの保護活動の均衡は取れた。厄介なのはフーゴだ、理由は分からないが“シド”を追い求めそして俺が名を受け継いだと見破られている。ベアラーたちを助け出そうとしているこの活動も。
彼らは人質として取られその迫害が厳しくなり、ダルメキアではヴィクトルと協力し合いながら、だが。
上手くいかない日数を重ねている。助け出せたひとりからうめきと嘆きが飛ばされるのも、慣れはしないが現実だ。
ジルはそうした中でも俺をいつも支えてくれる。
また、なの…?
そうした彼女の痛みと辛さも隣に寄り添ってくれるからこそ伝わってくる。
星が夜空に瞬きはじめた。月が輝きを見せ、メティアも隣で赤く輝く。
ジルの元へ帰ろうかとトルガルに告げ、トルガルは宿の主人が藁を敷いてくれた空倉庫へ入っていった。
とんとんと扉をノックしジルの了承を得てから備え付けられているベッドの片方へ腰かける。彼女は丁寧に髪を梳いていていつも身なりをきちんと整えているその様子に昔からそうだったなと安堵感を覚える。長い白銀の髪を三つ編み一筋、そして丁寧に青いリボンで纏めている。
君がシヴァのドミナントだったと気付いたあの日もせめてものと丁寧に髪を纏めていたのを思い出す。
「クライヴ、あなたの背中も拭くから」
ジルが用意してもらった桶に入ったお湯に拭き布を洗い絞りながら俺へ促してくれた。
それくらいは自分で出来ると幾度か答えてもそうしたいのと柔らかな気遣いが心地よくありがたくその行為を結局受け取っている。
温かさと気遣ってもらえている、支えてくれているという、この感覚。
「…さっき」
指先からも伝わる気遣いから体が疲れていたのだと気づき、心もほぐれていくように感じる。
「どうしたの?」
「部屋に入った時君が丁寧に髪を梳かしていて…そうした所も変わっていないな、と…」
「・・・・」
「クロがお嬢様のあいさつ、教えてもらったと俺に見せようとしてくれた」
丁寧に彼の背中を拭いていた彼女は拭き布を桶に戻してからその両肩に手を置き、汚れを落とした背にぴたりと寄り添う。
何かまずかっただろうかとクライヴが振り向こうとすると頭をこつりと背に置く。
「クライヴは…今も誰かを守ろうと…あなたのそうした所…変わらないのよね…」
何かを確かめ噛みしめて、それでいて探るような。
彼女のこうした様子は再会出来て共に過ごしてきたこの5年間。
時折姿を見せていた。
共に家族として過ごしてきたあの日々は確かであり、そこにかつてあったものの決定打を避けているように思えた。

―“昔から”そうだった。
その一言を君は避けている―。

誰かに人として、気遣われ、支えてもらえている。
彼は彼女を通して、その存在を受け入れることが出来ている。

彼女はどこか。ずっと受け止めてはくれているとこの5年間感じていた。
それでいて決定打を遠ざけている、今の君の様子からもそれが分かる。
再会出来てから君を通して気づいた―人に戻れたからこそ見つけられた。確かなものはちゃんとここにあるのに。

“昔から”
“はじまりは”
あなただと、私の中に確かにあった、はず…。

クライヴの背におでこを当てたままのジルの様子に彼はその手を取って真剣なまなざしで彼女を見つめ、いつもありがとうと礼を告げることにした。

“ジルはいつも俺を支えてくれている”
だからこそやっと君がポートイゾルデで血塗られた過去と心がない人形でしかなかった年月を吐露してくれたあの時にその思いと決意を受け入れ、“俺が支える”と応えた。
“ジルは俺を愛してくれている”
“俺もジルを愛している”

“はじまりは”
あなたなの。あなたは昔から変わらない―。

そこへ辿り着けて見い出せたと分かったその時にあなたへ告げた。
見つけるから…必ず。
2026/03/25(水) 21:59 小ネタ PERMALINK COM(0)