クラジルより。


・飾り

(ほんのりクライヴ→ジル)

男を引き寄せる為に娼館の女性たちの出で立ちとは特にフーゴの部下たちが惜しげもなく通っていたであろうダルメキアのダリミルでは足首についている鈴が歩く度にちりんと鳴り。そして褐色の手首に映える金の腕輪が強い日差しに照らされとても派手だ。
あら、いい男。最近フーゴ様の部下の人たちが来なくてね…。
後ろの連れの方がいなかったらお誘いしたいんだけど。
あなた、せっかくここに来たのだからフーゴ様のお気に入りの絨毯だけでなく金細工品も見ていったら。白銀の髪に映える髪留めならたくさんあるわよ。
手を艶やかに振りながら彼女達は先に温泉へ体をほぐしましょうかと出て行く。ルボルにも勧められていたし後で石化のことを気づかれないように人が捌け始めた時に声を掛けようかとふたりでそっと囁きあった。
「ダルメキアは鉱石が多いとあなたがここへ来る途中で教えてくれたわね」
「ああ。温泉のある場所では白い鉱物が…。それとオーガスト曰くブラックソーンの鍛治の村も近くにあるらしい。それについてはいつかブラックソーン自身が話してくれるだろう。金属を加工出来る技術もさることながら金が多いのだろう」
「お皿も独自の模様よね」
ジルが数々の店が開かれている通りを眺めながら関心を向けている。
「さっきの…」
「どうしたの?」
「急がなければならないが…もし君の目に留まったものがあるのなら買って行こうか」
グツが待っていてくれる以上さほど長居は出来なくても。
ルボルの言う通りこれから協力者として彼とやり取りをしていくのだからひと通りジルと一緒にダリミルの街の中は見て置いた方が良いだろう。
ミドの用事の為にノースリーチのマルシェにて頼まれたものの他に好きなものを楽しそうに語っていた彼女の印象が強く残っていた。
「…偶には飾った方が良いかしら」
強い日差しを受けると尚更輝きを増す自分の白銀の髪にそっと触れながらジルが呟く。
シヴァを降ろすと美しい女性の姿であり王冠の様な頭飾りが彩られる。
しかしその姿と力は兵器として長い間酷使されてきた因縁そのものであり。
その因縁を断ち切るまでの5年間は彼の傍で守り支えになるのだと魔法を唱え、そして鉄王国の中で以外シヴァを降ろしたりはしなかった。

ずっと傍で。
真剣に見つめてくれて。
そうして上手くいかなかった日々と涙を流したあの時もそっとその背に手を回し共に歩みながら。
鉄王国で俺を守ろうと道を開く為に半顕現の姿で溶岩を塞き止め共に走り去り。
君が俺を見ていたように俺が見ていた君は。
(飾り立てていた訳じゃない)
時には俺に対して怒っていたとしても現実を目の辺りにして痛みを同じ様に受け止めて。
直には本心を見せようとしなくても、それでも。
お互いここにいるのだとずっと伝わってきた。
願いは叶ったわと月に寄り添うメティアを見つめて語った後に俺と視線を絡め合い。あの日少女だった君の面影を見た。
フェニックスゲートで自らをイフリートだと受け入れてから俺を支えようと優しく語る君に“そういう所は昔から変わっていないな”と伝えると変わったわとはっきり告げ俺に気づかれないように何かを隠すようなそぶりを時折見せた。静かに物事を見つめながら。
ようやく涙と共に見せてくれた、君の心の一部。
あの時のままでは、それだけでは駄目なのだと。
傍にいてくれるその想い。そして、君の奥底にあるものをもっと深い井戸から汲み取るように見出したいとそう思い返す度に願っている。
「ジルは凛としていて…ぴったりのものを探し出すのが大変だな」
「そうかしら…。クライヴはジョシュアとお揃いのがあるから良いわね」
左耳に嵌めたままのフェニックスが彫られたシルバーピアスに音を立てることもなく触れる。
「ジョシュアもずっと大切にしてくれているだろうから嬉しいよ」
「そうよね。少しだけまわってみて。それで小さな彫刻品でもミドなら良いアイデア浮かびそうだから買っておくわ」
「そうしよう」
汲み出そうとしていた心の傷がー見せようとしていなかった心無い過去の彼女の姿そのものだったのだと後になって“視た”。彼はシヴァの力ごとすべてを受け入れる。

そうして涙を流しながら飾りや覆うものなどなく全てをさらけ出し。誓いと共に涙を流しながらも微笑む君と共に満たされていくとはこういうことなのかと俺も心から感じながら―お互い強く抱き合った。

腕の中(クラジル)

再びお互いの姿を目にするまでもう会えないのだとそう思っていた。お互いに引き寄せられるかのように、会いたかったと心からその想いを語ってくれた彼に抱きしめられた。
彼女も会いたかったと身を委ねた。
少女の頃少年だったあなたと月を見上げたひとときが忘れられなかった。メティアに祈った願いは無事でいて。
凍らせたはずの心の奥底でその願いがくすぶっていたのだと後に悲劇が起きた村で同じく月を見上げながら気づいた。

ヴァリスゼアをふたりで見て回りながらこの神話の大陸で起きていることー現実を受け止めていた。身体も心も重くなっても寄り添って月を見上げながら。彼と彼女は何もしないままでは利用されるだけであり、目の前に確かにいる人たちは使い捨てられる道具として自らの生を貫くことは出来ないと理解した。そして真実を知らないヴァリスゼアは確実に死に向かう。

彼が言った。
抗う為に前に進む、と。

人でいたいと彼女からようやく零れた言葉と涙。月光が海と共にふたりを照らす。
やさしく背中にあたたかい手が添えられ彼が胸元に引き寄せて、支えると語ってくれた想いをその鼓動と共に聴く。


真っ黒な海、真っ黒な大地。
月だけが輝く光景を見上げる。ここでは魔法は使えない。
だからここに居るのは眠りについた相棒の狼を除けば一組の男女だけだ。
誓いと共に彼の腕の中に彼女は居た。それまで身を委ねる時は彼の背中に腕を回したことはなかったのに、今はただぎゅっと力を込めその力強さを全身で感じている。
ヴァリスゼアで、この世界で。
たったひとりから向けられるたったひとつの愛を受け入れる意味。
人に戻ったのだ。彼との誓いがそうしたものだったから。

今もこうして彼の腕の中にいる。誓いの日以降彼女も彼の背中に迷うことなく手を回しお互いの想いを受け入れていく。
運命に立ち向かう最後の抗い。
そこに旅立つまではあなたと共に。眠りにつく前に感謝と共に腕の中に招き入れてくれた。
あたたかさと燃え立たせるような想いの炎を灯してくれるのがあなたなのだと。

全てを溶かしてくれた、だから私は人でいられる。

あなたを愛しずっと生きていけるのだと。



違い(ほんのりクライヴ→ジル)


身体のつくりが違うというのは理解しているつもりだった。
母にとっては出来損ないなのだと産まれた時から見放されていて。
弟が生まれてからそれは取り巻きの貴族たちの振る舞いからもはっきりとした。
もっともジョシュアに向けらえている母の感情は高貴な者だけが産み出せた子―執着であり。それが自分を証しする存在であり意味なのだという言わばお飾りだ。
聡い弟はそれに気づいていながら期待に応えようと身体が弱いのに必死で。
せめて支えになろうと俺が守るのだと決めた。

君が来て間もない頃に感じた想いはそれとは違う。
寂しそうに微笑み会釈するばかりで。本当の意味での笑顔はきょうだいだと父上や弟がそう伝えても見せることはなく小さく頷くばかり。
大丈夫だと連れ出してからよく笑う様になってくれた。
稽古場で訓練に励む俺の様子をふたりがトルガルを連れて見に来てくれて。
母様の使いに嫌味程では無くても許可なく屋敷を抜けだしましたねと小言を言われジョシュアを連れ出そうとする。ジルとふたりでまずは迎えにきた相手に礼をし、マードック将軍がちょうど公子として護衛術を読んだばかりで学びに来たのですよと助けに入ってくれた。相手は母がするような軽蔑の視線で返してきたがまあ良いでしょう、さあ行きますよジョシュア様と引き離すように弟は連れて行かれた。ジョシュアは振り返ってまだ小さな手をそっと合図を送るように振ってくれた。足元を見ればトルガルが小さな尻尾を振ってそれに応えていた。
ジルがそっと様子を窺い気遣う様に俺を見つめる。後で稽古のことは話すさと視線で返すも後ろめたさは消しようがない。
母様には産まれてから一度も抱きしめられたことはない。侍女たちにも第一王子という立場―公子ではなく騎士の道を選んだ—がある為に赤子の頃に抱き上げてくれた彼女らは成長するにつれ尊んではくれるがどこか一歩引いた接し方だった。年下のジルとあの丘で過ごして以降仲良くなったのはごく自然のことといえばそうなのだろう。

2つ年上だったからか少し弟より背はあっても小さい子だと思っていたがだんだんと成長するにつれ侍女たちが語る可愛らしさが含まれてきたと確かにそう思う。市場で買い物に出た時にジルが手にするものも可愛らしいものか食堂を担当する使用人たちの為に果物やパンに目を良く通していた。そうした目線で語る内容は俺の視点とは違うから、何だか楽しかった。
小さい頃と違い手を取ったり繋いだりはしない。流石に、その、な…。
つくりが違うのだともう自覚している。分かっているからこそ、出来ない。

俺は君に相応しいのか、それが分からない。


「今は手を取ってくれるのね」
「君の想いが伝わるから。それと…」
「それと?」
「満たされる喜びがここにある」


・月を

ジョシュアからフェニックスの祝福を送られてから青空を見上げ、誓いと弟からの信頼を己の中に落とし込んでいると。弟自ら兄の手を取り、そうして引いていった。
あの日の夜はふたりで月を見上げたーもうあれが最後なのかと再会出来るまではそう思っていた。

特段意識をクライヴはした訳ではない。対するようにジルにとってはあの日は忘れがたい日だった。共に月を見上げたあの日。
再会し、インビンシブルという拠点が出来てからはふたりで月をよく彼の私室から見上げていた。

ジョシュア、月を眺めないか。
青空は覆われたままのヴァリスゼア。それでも月だけははっきりと見えるので夜が存在していて昼という時刻も空自体も失われた訳でないとはっきりと分かる。
兄の私室から繋がるバルコニー。そこでジルと共にお前が来るまで月をよく見ていたと話してくれた。
僕で良いのと弟が尋ねるものだから、何やら含みのある物言いだな。その日にあったことを頭の中で整理するにはちょうど良い場所と時間だったんだとクライヴは答えた。

―まだ、ロザリアに居た時は兄さんと離れることはなく今みたいな時をずっと共に過ごしていくんだとそう思っていたよ。
―お前を通して俺も誓った。

お前はお前の使命を。俺は俺の使命を果たしながら生きていくのだと…。
仮にあの運命の日に強制的に目覚めさせられなくても。
遅かれ早かれ逃げ出すことは出来ずに離れ離れとなったであろう。

すべてが壊され、引き離された。それでもお互いに生きている。
何かを考える時も、離れている時も月を見ていたと弟も語ってくれた。
ヴァリスゼアの人々も俺たちと同じく月を見上げているのだろうと兄が語る。

…そうだね、メティアに祈っている。
…いつか、そう。遠くない先で。月をこうして見上げるのは。

ヴァリスゼアの人々が人として生きていて。その日にあったことを人らしく生そのものを感じながら、語って。穏やかに眠りに就けるような世界だと…そう願っている。

兄さんはメティアには願わない。僕も祈るつもりは無い。
…それで良いんだ。


・香り


マーサの宿にモブハントの討伐をこなした帰り道、ついでにふたりで市場へと足を運んだ。

ノースリーチにて買い物を楽しんでいたジルのその様子にパンのことも楽しく語り出したりしてあやうくクライヴ自身が忘れ去られるところではあったが…。
並べられているリンゴにベアラーとのやり取りを思い出した。ほんのり甘い香りがした果実。落としたくらいで気にしなくて良いと丁寧に土を払い戻してやったのだ。相手も主人と共に去る前に微笑んでくれた。

ベアラー保護活動をシドから受け継いで5年。インビンシブル内で人らしく暮らすようになった彼らは別として殆どの場合そうした笑顔は向けられることはなく。クリスタル破壊によりより苦しくなる現実に彼らの苦境も合わさって責められることが大半だった。ただ、すまないと告げてからそれでも歩みを止めたりはしない。

ジルが幾つかの果実を手に取りそれからお茶の葉にも目を向ける。飲み終わったら埃を吸い取る床の掃除にも、それとロストウィングで大きくなった子がおいしい魚って分けてくれたわよね。塩漬けにしてあるのだけど今日焼くとモリーも言っていたでしょう。消臭に使ってお湯を沸かしたら桶の中に入れて身体を綺麗にするの。そして肥料としてナイジェルに使ってもらいましょうとそう次々とアイデアを話してくれた。
なら、俺はと柑橘系の果実を取る。
葉と枝が付いているもの。植物園はもちろん残った皮や葉を詰めて香り袋として―…今回の敵は外に出て来た遺物だったが大抵は生身の魔物や時には他国の兵士たちだ、血が流れるのは避けようもない。その匂いがひっついたままにならないように―小さいもので十分だからポーチに付けておこうとジルへ伝えた。
ジルは頷くと共に、あなたが初めてノースリーチに向かった時にオットーから受け取ったのと同じねと続ける。
ああ。オットーが詳しいのはイサベルとよく連絡を取り合っているからかと思ったが…つい最近あいつの家族のことを聞いたんだ。
ロザリアでベアラーの子が取り上げられた現実は5年前に。
オットーもまた。
それまでは奥さんへの贈り物にと花も含まれていたのだと…。
「…そうだったの」
「植物園の花を少し拝借させてもらおう。ジル、君だけのものだ」
「あら…」
(今すぐは無理でも…あの丘で見たあの花も一緒に。いつかそう遠くない時に)

自治領へ辿り着く前にボクラド市場へと向かうことになる。ゼメキス大瀑布を通る道だ。その前に新たな協力者となったルボルへと直接ジルを紹介した。
クライヴと同じく先代の名を引き継ぐ2代目だ。宜しくな。
ええ、宜しくルボル。
爽やかな香りがするな。…成る程、拠点での花もか。今度レシピがあったら教えてくれ。ここは温泉もあるから女性客が喜ぶ。お、そうだ。お近づきの印にこれを持ってけよ。
子どもたちに撫でられているトルガルと店の工房の者から声を掛けているクライヴに気づかれないようにジルの手にそっとルボルはあるものを渡して来た。
これは—?
バルサム油だ。水が少ない地方ではこれを塗ったりして日差しで傷んだ肌のケアや香りを楽しみながら眠りに就く。女性の肌にも良いし、あいつにはこの香りが似合うだろ。
ありがとう。
ついでにあいつが魔物退治してくれたから温泉の主が随分喜んでいたな。声を掛けてみたらどうだ。

ボクラド市場についてから。赤いチョコボの看板を掲げているエルとテオの店にて奥の部屋で少し休んでから出発していけよと勧められ。
ジルがルボルからもらったバルサム油で最初は別の部屋で自分の体へ。
そしてクライヴに軽装になってもらい彼女は彼の首筋に。彼自身は両腕へ丁寧に塗ることにした。タルヤに縫ってもらった傷跡はもう見えないけど、その後はちゃんとしっかり身体の調子も見ていると報告できるわねと彼女がくすくす笑い。彼が少し困ったように相槌を打つやりとりを繰り広げながら。

ほんのり同じ香りがするふたりが外に出てからホンザがへえ、と腕組をして何やらうんうん頷いているのに対し。馬(チョコボ)の世話を子どもたちに教えていたテオドールはちょっと照れたように頬を搔いていたとか。