疼く

クライヴの想いをまだ受け止めるだけの時だったジル。





あの男と戦いへ向かうこの国の男達。この国は恐怖で彼女達を縛り付けていた。
汚れた獣め!さっさと殺せ。この化け物!嫌だ…殺さないでくれ…。―この国の兵士達と氷のドミナントの力によって命を落としていく大勢の兵士達。
両方から放たれるその罵声と恨み声を日々浴びせられながら、既に心が凍った一人の女が周辺を氷の魔法で凍てつかせ人の手では溶かされることはない氷の刃が無残にもそびえ立っていた。
片や憎しみが。もう片方には凍てつき死の恐怖が。逆らうことは出来ず、心は痛みや悲しみをとうに超えていた。罪悪感だけが残り。何も感じず命令されたまま剣を振るい魔法を唱え。この国の兵器としてシヴァを降ろしたのは—ニサの地。ここで死のうと意識を失うまでだった。


クライヴがベアラーとして人という存在から忌むべき道具として貶められ。長らく復讐心で縛り付けられていた過去と己自身を乗り越え。その刻印を取り除く施術を受けてから数日経った。
高熱と痛みは未だ引いているであろうに、もう動けると分かるとこの新たなリーダーとなった男が引っ込んでいる訳などない。
直ぐに慣れた手つきで出て行く仕度を—以前のリーダーであった男の受け継いだ夢の為に—などと聞こえは良いが実のところそれは厳しい現実に立ち向かわなければならない日々であり、この檻の中の理(ルール)に敷かれたヴァリズゼア世界から“大罪人”として罵倒され憎まれ、何故なのかと問われてそれが真実なのだと人が人として生きていける世界を目指すのだと答えても。大多数にとって到底受け入れられず上手くいかない日々を重ねながらそれでも前へと進むのだ。
「私も一緒に行くわ」
まだ熱はあるだろうから、彼の刻印が取り除かれた右頬―焼け焦げたような跡はずっと残る—へ視線を送った後お互いを見つめて小さく頷き合う。
「助かるよ。ジル、頼む」


新たな拠点となる場所とそれぞれの役割によって割り当てられた居場所。
医務室に設備がまともに揃っていない内にクライヴへの施術が行われたのはもちろん。
保護活動が続いていく中で必要な物はまだ沢山ある。風の大陸の中央部にて黒の一帯に住むぞとシドに迷うことなく付いて行ったオットーがまず何から始めるべきかその時の経験から話してくれて。
商売人であるカローンと倉庫係のオルタンスの助けと助言は大いに役立つ。ジョフロワの遺志を継いだ大工のバードルフと見習いの皆。ケネスの遺志を継いでくれた食堂のモリー。
ボフミルとマーテルの遺志を、実らせるだけでなく必ず甘くしてみますよとコルマックが切なくも愛おしく成長途中であるマーテルの樹を見つめていて。
失っただけでない。確かにあったものを皆が欠片ひとつひとつを大切に拾い上げ寄せ集めていくその姿を。ここでの過ごす意味を心の中に例えほんの僅かでな歩みであったとしても…あなたと共に前へ進んで行くのだと…取り入れるように努めていた。
心がまだ、それほど動かなくても。
今は頭の考えで、出来ることを、と。
そして血塗られた過去―あの男とあの国との因縁を必ず断ちに行く。
ガブはそうしたジルの姿を決意と覚悟が決まっている女と心の中で称していた。


「馬(チョコボ)は行けそうか?」
今日借りることが出来た2頭は野生からさほど時間が経っていないと運び屋のおじさんが教えてくれた。マザークリスタルドレイクヘッドが消え去ってから、ザンブレク皇国が自治領にあるマザークリスタルドレイクテイルを手中に収め。その混乱に応じて各国が物資を獲得する為に流通の確保に追われ、荷運び車が引く手あまたなのだ。
後にふたりがその運び屋を生業としかなりのやり手と協力を結ぶのは、ドレイクテイル破壊の為に自治領へ向かう時となる。
「大分慣れて来たわ。しっかりと手綱を持たないとね。こちらが戸惑っていると侮られてしまうわ」
「賢いからな、そして気性が荒い—このヴァリスゼアの地を駆けていくことへ誇りがあるんだろうな」
「トルガルも同じね」
「ああ、そうだな」
そのやり取りにウォンと吠え、トルガルが先陣を切って駆けだした。
必要な資源の確保とはベアラーたちの取引も含まれるのだ。奴隷市場だけじゃないな、この辺りじゃ黒の一帯から逃れてきた魔物の気を引かせてその隙に逃げる為に大した魔法を使えないヤツを置き去りにしているぜと付近の村で情報を得。
ザンブレク皇国内のまだ緑が残っている森林地帯の中を急いで馬(チョコボ)で駆け巡る。
トルガルが血の匂いを嗅ぎつけ大きく吠えた。ハウンドに囲まれて腕を噛みつかれ悲鳴を上げていた3人の男達の現場へと辿り着き。トルガルが唸り吠えると同時に飛びつき群れの注意を逸らし。大事に至る前に彼らを救出することに成功した。
男達は3人とも話しかけても何も答えなかった。
恐いとも、痛いとも、どうして欲しいのか—それらを彼らは何も言わない。そのようにずっと扱われて来たのだから。クライヴとジルはその間も声は大きくなくとも響かせるように彼らに呼びかけ、ポーションを取り出し傷口に治療を施して丁寧に包帯を巻いてやった。
「…はじめて、だな」
ひとりがようやく口を開いた。
こうして、温かい…これが人として接してもらうってことなのか。こうして優しく扱ってもらえるんだな。
「…ええ」
かつては、私たちもそうだった。あなたたちは産まれて魔法をクリスタルがなくても使えると知られたその日から…。
「あんたたちは何者だ」
「同じ、人だ」
これからは命令されるのではない。こうして誰かと手を取り合い助け合って。
そうして前に進んでいける。
「…ああしろ、こうしろって…口を利くな黙ってろとも…あんたたちは言わないんだな」
ひとりのその言葉に、残るふたりが顔を上げてクライヴとジルを見つめる。
「これからは自分で立って、考えて…前に進めるんだ」
その言葉にベアラーの男達は俯いたが、ややあってふたりをまた真っ直ぐに見つめてくれた。
付近で同じ様に他のベアラーたちの保護に成功した石の剣のドリス、コールと合流した後彼らに先に新たな拠点となるインビンシブルへベアラーたちを連れて行くのを頼むとクライヴとジルはトルガルと共にロザリアにて木材が確保出来る地域へと荷運び係の彼らがまっている小屋へ足を早めた。


すでに廃屋にはなっていたが木材を切り出し運び出すには使える小屋にて周囲を確認し。
荷運び屋のエヴェランドや補給係のグレン達含めて十分な数を今回も運び出せそうだと彼らが報告してくれた。
「昔はもっと緑が豊かだったと近くの村人から聞いたよ。黒の一帯の影響は深刻だ。小さな村じゃやっていけないから近々ロザリスに向かうだろう、だとよ。マザークリスタル破壊を急いだ方が良いな…ああ、すまん。今焦っても仕方がない。インビンシブルを…俺たちに新しい居場所を見つけてくれて。ありがとな、クライヴ」
作業を続ける彼らは先に休みなとふたりへ促してくれて。
木のカップへ温かいお茶を注ぎお互いに取りそうして身体の中に流し込んだ。体をお湯で濡らした布で丁寧に拭き体の疲れをほぐし。テーブルに置いてあったパン、壁に吊るされたニワチョコボの干し肉を置いてある包丁でふたり分切り出し。まだポーチに残っていた乾燥した果実をお茶と共にまた口に含めて食事を取った。トルガルはここに駆けつける途中で突進してきたアンテロープが獲物となりそれを外で骨までかじりついている。
トルガルが見張り役となってまだ野生の性質は残っている2頭のチョコボたちが繋いだまま逃げ出すことはない。ロザリアでは畑でギサールの野菜もまだ収穫出来るので付近の村で買っておいた分を川から汲んで来た水と共に彼らへ与えた。
幾らか小さな集落や村であれば酒場もあり。クライヴとジルは外での旅の途中や各地にちらばる仲間たちも含めて。ふたりで同じ様に過ごす時間を僅かであっても大切にしていた。
離れ離れになっている間はお互いにもう会えないのだとずっと諦めていたのだから。
それを知っている仲間達はふとした瞬間でもふたりが過ごしているのが分かると気を使ってくれている。
シドとの誓いと、ジョシュアが生きていて今なお俺を生かしてくれている意味。
そしてジルの手を取って進むと決めたのは他ならぬ己自身だ、今は皆が人らしく生きていける場所。残るマザークリスタル破壊とベアラーたち保護のための石の剣たちの拡大。
そして。クリスタルが無くなったこのヴァリスゼアにおいて、人が自ら生きていく世界の為に代わる遺産を。
目的を見失わないようにお互いに幾度も確認し合った。シドの名を継いだ意味も。
ジルは変わらず、クライヴと彼の名を呼ぶ。
クライヴ自身は—今回出発する時もそうだった—彼女への信頼も込めてジルと呼ぶ。
一方で彼女が黙って話を聞いてくれている間も。自身に見せないようにしている何かがあると気づいていた。
シドを失いかつての帰る場所は跡形もなく無くなり。立て直すまでの間、誰しもが一杯一杯で。彼も彼女このヴァリスゼアにおいて何が起きているのか知ることもなく命令されるままの年月を過ごして来た故に、各地を見回りながら現状を受け止めている。
再会してからふたりで、こうして、ずっと。
同じものを見つめ、考えて、お互いの生を重ね合い前に進むのだ。
暖炉に火を灯し寄り添いながら一日の終わりに今日の出来事を心の中で反復する。そしてふたりで今こうして傍にいることに互いに感謝を捧げる。
彼に抱きしめられたあの時から—凍ったはずの心はまだ動くのだと彼女は知れた。
今だって疼くような動きが自分の中に起きていると自覚もしている。
そっと愛情に満ちた眼差しが彼から彼女へ落とされる。
真剣に見つめ返すが、すっと瞳を閉じた。まだ、だめなの、と。
その想いや考えが全て見抜けている訳ではなくても彼は辛抱強く待つことにした。
辛い日々をまた重ねることになっても、受け止めていつでも支えてくれている君の存在を決して当たり前のものだとは思っていないと優しく頭を撫でた後。先に休んで、俺もここにいると今までもこれからも受け入れていくと決意を秘めた青い瞳が深く澄んだ。
ジルは再びその瞳を見つめ返して。小さく頷くと身を寄せて眠りにつくことにした。
心が疼く。本当はあなたが私に向けてくれるものを。注いでくれるその炎の想いを。
受け入れたいのだと疼いている。

(けれど、これは私の戦い—。)
あなたに甘えることは出来ない。
(…君と俺は今ここにいる)
(…ふたりで、必ず)

(ジョシュアに会いに行く)

心の奥がさらに疼き始める。
凍っていたものが全て溶けていく、全身が震えあがるほどの心からの喜びを感じたのは。

ジョシュア、あなたにふたりでやっと会えた時と—…。
クライヴが私を先に人に戻し。たったひとりの人として愛して共に生きていくと誓ってくれた月を見ていたあの夜。



※ぽたぽたの前で、兆し・熱や小ネタ集にいれている宵より後。因縁を断つまでと、影の海岸前後のジルの心境やふたりの想いは大切に描いていきたいです。