クライヴとジル。
寄り添うふたり。


子守唄


マーサの宿にて。
マーサをかばい。そして黒騎士たちの襲撃もあり、教会を含めて多くのベアラーたちが全身の石化と共に命を落とした。傍らの川に流し彼らを弔う。
ドレイクブレス破壊後、シヴァを降ろしたが故に身体に大きな負担がかかってしまったジルを休ませている間に。
ナイジェルの薬の強化を強める植物の採集の依頼と、マーサたちに危険が及ばないようにと遺物とミノタウロスの討伐を終えたクライヴはしばらくは大丈夫だとマーサ本人やブラックアクスの傭兵たちへ報告がてら宿付近を見て回ることにした。マーサさんのことは好きだけど出て行こうかしらとかつてロザリアにあった大公の精神はイーストプールの悲劇以降もはや消え去ろうとしており自分達の抗いが誰かを傷つけていると心に重く圧し掛かった。炎の想いは再びこの地に宿るのだろうか。変わり果てただけでない、ドレイクブレス破壊後ロザリアの民の暮らしはさらに厳しくなる。鉄王国にて捕虜だったロザリアの女性たちや難民たちの受け入れがポートイゾルデで始まっており、5年前に逃したノリスが離れた村で元気にやっているという報告があったのがまだ救いだ。

娼館の女性がロザリアの子守唄を訪れる男たちに求められるとそっと告げてくれた。
ベアラーたちを含め直近の悲鳴が忘れられないのだ。
忘れられない大きな痛みと実の母親への義憤を再び思い起こしながら待ってくれていたアンブロシアに跨り、トルガルと共にインビンシブルへと戻る。


フーゴ・クプカータイタンとの戦いを終え、ガブからロザリスの民が逃れたこと、オールドヒルズに生き残った男がウェイド達の元に保護されて。ミドの大工房もミスリル装甲を用いたエンタープライズ船の足掛かりとなった。彼女らにカンベル商業都市へと船の完成を頼み。
風の大陸に最後に残ったマザークリスタルドレイクテイル破壊後は、青空がこのヴァリスゼア大陸においてどこにも見られなくなった。
空が覆われたのだ。
弟であるジョシュアとザンブレク皇国の皇子であるディオンはディオンが暴走したまま降ろしたバハムートとの激しい戦いの後ずっと眠りに伏している。
その間もアカシアと呼ばれるマザークリスタルが大地を痛め続けている証拠でもある濃いエーテルを浴びつづけ自我を失った魔物退治の為に協力者であるルボルが居るダリミルへジルと共に向かう道中。
砂漠に置いて日中のきつい暑さと夜の強烈な冷えに彼女の体調を気遣いながらお互いに寄り添い焚き火を眺めた。
騎士や兵士たちはロザリアの国歌を。幼子を抱えて旅する者であれば柔らかな布に大切に赤子を包んで娼館の女が話してくれたような子守唄を。
かつてエルウィン大公が治めていたロザリア公国内では焚き火を眺めながら歌っていたのであろう。

彼がベアラー兵としてはぜる火の粉から思い起こしていたのはあの日の惨劇だった。
それだけが俺が生き延びた意味だと戦いの後に倒れたシヴァのドミナントが君だと知りトルガルが俺を見つけてくれて。そしてシドと出会うまではそう考えていたと彼女へ零した。

今は。

顔を上げ不明瞭な空と、その中でも輝く満月。そして寄り添うメティアを見つめた後。
皆でこの5年間必死で生きて来た、全てのマザークリスタルを破壊する為に。
シドとの誓いの通りクリスタルに繋がれているのだと意味する刻印を取り除き。檻を壊して。人が人でいられる世界。
自由―…自らの内に炎が灯り立ち上がって。人が心から生きているのだと感じられる世界を考えてとそう静かにジルに告げる。
「私も…懐かしいとは感じない」
かつてのロザリスがもう戻って来なくてもあの頃の思い出はきちんと残っていると手紙に託して君は語ってくれた。
引き離されていた年月の方が長かったのに。
拠点の皆だって5年前にフーゴたちに襲われた恐怖とシドを含め多くの仲間を失った悲しみや怒りが根強く残っていた。テトとクロも時折亡くなった両親が恋しく、シドは居なくならないよねと不安がっていた。
そうした中君は俺のことをいつも気遣い支えてくれている。君の戦い―因縁を断つ前から、そして断った後も。ジョシュアと再会出来た時に流してくれたその涙。君だと気づかずにニサで戦った後に流れたものでも、シドが託して亡くなった時に俺と共に流したものとも違う。
同じ、喜びの涙だった。

夜半ともなるとしんしんと冷えてくる。
石化が広がっている気遣って上げてとタルヤが医務室で伝えてくれた時と同じ様に彼女の手を取り心身共にもう凍えてないで済むようにやさしく包み込んでいく。
「今は…転生の炎で俺を守ってくれたジョシュアのあの姿と…君や皆と過ごしてきた日々。それが思い浮かぶ」
ジルは静かに頷きクライヴの肩に頭を寄せる。
ほっとできる私たちの今の居場所。人らしい暮らしをしている皆。眠ったままとはいえ、ついに。やっと…ジョシュアとも会えた。これからは3人で一緒に居られる。
彼の言の葉ひとつひとつを大切に聞きながら焚火を見つめ彼女もジョシュアと拠点の仲間たちひとりひとりとのこれまでを思い起こす。
「北部もこれほど冷えるのか」
「昼と夜でここまで違うことはないわ。雪が降る日は空が今みたいではないけれどどんよりと曇っていて。朝からずっと寒かったもの」
氷の民。歴代のシヴァも凍える大地で戦ってきたのだ。かつてロザリアとの戦いにおいてシヴァはフェニックスに勝利はしたものの、死にゆく大地と醜い人々の争いにより分裂したまま、その当時のシヴァのドミナントは消えて行った。
こうして私のように誰かの温かさを知ることもなく、その人は神話の舞台から姿を消したのだ。
北部の子守唄は氷の民ならではのシヴァの凍てついた氷ー厳しい冬の寒さに関するものが多いのかも知れないとジルは思う。もしくは傍でアンブロシアたちと共に眠りについているハルポクラテスが神話の伝承を調べてくれていた中に載っていた―トルガル—フェンリルのものだろうか。
母親との思い出はあまりなく物心ついた頃にロザリア公国へと行くのだと告げられた少女は子守唄や北部の神話からかなり離れていた。
戦地においての経験など、シヴァに覚醒しなければ知りようもなかった。
あの島に閉じ込められこれなら耐えられるだろうと剣と魔法を振るい。連れ出されるのは兵器として。
焚き火を囲んで誰かと過ごす夜というのは彼と再会してからだ。
家族で旅をする、懐かしい、歌を聴く…。そうした思い出が彼女にはない。
彼にとって子守唄とは侍女たちが歌ってくれたもの。何故なら、実の母親からそれがなかったからだ。
弟が産まれる前に実の母であるアナベラの機嫌を恐る恐る伺いながら早く会いたいという想いを可能な限り気づかれないように訪ねると。
母は何かしら歌っていた様子であったがそこから放つ雰囲気は執着だった。
“今度こそフェニックスを。このお腹の子こそが。私の血こそが”
ジョシュアが産まれてからその現実を目の当たりにして。せめて盾として弟を支えようとジョシュアへそして己に誓った。

ぱちんと火の粉がはぜた。
成し遂げようとしているこの世界の理(ルール)に置いての大罪は混沌と痛みと、悲しみを引き起こしているのが現実だ。
ヴァリスゼアの大部分の人々がどれほどクリスタルに執着しているのか。
それも現実としてロザリスに押し寄せる難民たちと、自治領に向かう前のボクラド市場の関所にて目の当たりにしてきた。
残るマザークリスタルは灰の大陸ウォールード王国だ。
世界はさらに混沌へと投げ込まれる。嘆きと苦痛から、母親の腕の中で何も知らないままの赤子のように子守唄を求め眠りにつきたいという人々はさらに増えるのだ。
現実をまったく見ずに、目の前に確かに居る弟すら否定して逃げ出した母のように。
“この世界はあまりにも未熟だ”
シドが語ってくれたこと。
隠れ家に来て間もないクライヴとジルに対するシドの態度はまるで赤子をあやす—それは言い過ぎかもしれないが子ども扱いだった。
当然だ。
彼も彼女もそれまで自ら動けるような環境におらず。13年振りに舞い戻った故国で起きている現実から何も知らないと思い知らされたからだ。
ヴァリスゼアとマザークリスタルに関する真実と言えば幸せな箱庭に居られた頃からクリスタルを各国が思惑を巡って戦うというもの。
過ごして来た故に知った現実といえばベアラーとドミナントは人としての扱いはされない…もしお互いにまた出会えなければ。ふたりでなければ。心そのものを完全に失っていたであろうと彼と彼女は互いに自覚している。
傍で寄り添ってくれるジルをしっかりとクライヴは抱きしめた。
彼女は彼の両腕の力強さと炎のように灯るあたたかさをじんわりと感じながらその鼓動を聴く。
それは子守唄のような甘く懐かしいものではない。あの日々が良かったと逃げ出す訳でもない。
あなたがここに居て。あなたであるのだと。これまで共に日々を過ごし重ねて来た確かなもの。
鳥かごの中で安穏に子守唄を聴いてただ滅びへと向かっている世界を変えようと、そこから生じる痛みに目を逸らすことはない。立ち上がり考え、前に進んで。
そうして人として生きていくのだという誓いそのものの、音。
自我や意思がない、アカシアとは全く違うのだ。
人は自ら考え決めて歩み、そして貫いていく。
そうして、生きていく。その道を最後まで私は見守るのだ。
(私は人でいたいの、クライヴ。
あなたとずっと一緒に居る為に)

全てを成し遂げられれば、童話や、子守唄も。神話でさえ。
ヴァリスゼアは変わるのだろう。


―ジョシュア。俺たちは人か?
―いいや、ドミナントだ。でも、人でありたいと願ってる。


そうして、あなたは私を先に人へと戻した。
未だ人ではなくシヴァのドミナントのままであった私を。
あなたを守り、最後まで見守ることを私は諦めた。それまでの私であった理由(生き方)を。

—北部にお歌、あるの?
クロがここにある本やお嬢様の挨拶以外のものを知りたいと声を掛けてくれた。
—ごめんなさいね、ほとんど覚えていないの。
—じゃあ、ジルははりこが得意だってみんないっているからそれをおしえて。
—いいわね。

うとうとし出したクロを眠りにつかせて。火打ち石で火を灯した蝋燭の灯りを頼りに。
オルタンスから分けてもらった布に糸を通しながら縫い目ひとつひとつに想いを込める。
(人として、君と生きていく)
あなたの鼓動と共に伝わって来た私との誓い。
“白い大地を溶かして、春がまた来る”
その一節だけ覚えていた子守唄をそっと口ずさみ。
そうして蝋燭に灯った灯りを見つめ。
クライヴが私に注いでくれた炎の温かさと、何もかも溶かされていくこの身に起きた感覚を思い巡らしていた。