両想い前提なクライヴとジル。調理場のモリーも。
新たなカットシーンとしてクライヴが刻印を取り除いた直後。


設備などいまこの時点では大して揃ってなどいない。
アダマンタイト並みのいや、それ以上の固い意志だと医者の彼女と助手の彼はとうとう折れた—厳密には新たなリーダーとなる男のその決意を受け入れたのだ。
幸いにして飛竜草の毒が皮膚から血に巡ることはなく、命を落とすことはなかった。
だが激痛は起こる、おまけに鎮痛剤も取り寄せられる段階ではないのにそれを行なったのだ。
彼の叫びに外にいて無事に帰って来ますようにとメティアに願ったあの日と同じ様に祈っていた彼女ははっと顔を上げる。木製の宛がわれたばかりの扉が重たく開かれるように見えた。
赤色の前髪が汗でべったりと額にくっついたタルヤが姿を見せジルはすぐさま彼女へ駆け寄る。
かさつき震えているかのような唇から言葉を紡ぐ。
「成功よ」
ジルの青い瞳が潤んだ。
「すぐにオットーとガブを、とにかく熱が高い、すぐに休ませないと!」
普段は控えめで大人しいロドリグが声をここまで荒立てるのはクライヴのベアラーの刻印を取り除く施術をふたりに頼むと話したつい先日もそうだった。
一斉にインビンシブルに住もうと決めた皆が駆けつけ、彼の部屋へとオットーとガブが肩を貸しながらクライヴを連れて行く。
部屋の準備は倉庫番であるオルタンスや掃除係のゾラが整えてくれていたので清潔な寝床に彼を横たわらせ。
ジルは傍らで樽に取り置きをしていた水を桶に汲み。ダルメキアの難民街に寄った時に商人から買えた柔らかい綿花の布を湿らせ。寝床につき汗だくの彼の額と首筋を丁寧に拭いていく。
刻印を取り除いた頬は火傷のような皮膚がただれた腫れ方だ。消毒は施し布をあて本格的に薬草をあてるのは熱が少し引いてからというのもあり、とにかく今の彼に必要なのは休息だと新たな拠点となろうとしているこの場所で皆の考えは一致している。
シドを失い、かつての隠れ家―居場所が跡形もなく無くなり。あの日の嘆きや悲しみが完全に癒えている訳ではないが皆の心が彼を通してひとつになっているのだと部屋に連れていかれる彼を見送る視線からそれが分かった。
ぐっ…と辛そうに彼が吐息をもらす。
布を水に浸し固く絞りまた額に宛がう。
高い熱。氷の魔法は必要ないと施術前にしっかりと告げられて。
成功を告げられるまで不安も巡っていたこの手が冷えていたと気づいた彼女は左手で丁寧に汗を拭きとりながら彼の熱い左手にそっと自分の白い右手を重ねる。
苦しさからくる高熱において、その冷たさは心地よいのかうっすらと瞳を開いて彼女の姿を彼は捉えた。
「ジル…?」
「ここにいるわ。とにかく今は休んで」
彼は頭を少し動かしたかと思うとシドとの誓いである短剣を差したクリスタルへ今度は視線を向ける。
「…前に進むと決めた…また動き出す為の第一歩だ」
「…ええ」
シドの前で誓った時と同じ様に彼が彼女の手を握りしめた。熱いのは、熱のせいだけではない。

命がけの覚悟で命がけの戦いへと身を投じる。
未熟なこのヴァリスゼアの世界において大罪人―罪を背負いながら進むのだ。
俺でなければいけない。俺が自ら証しなければ。
そうでなければジョシュアと、シド。ここまで付いて来てくれた皆も。
そして何より君にも。これから先は面と向き合うことなど出来ない。
タルヤやロドリグと違い、ジルは彼を止めなかった。
受け止めると決めたあの日から、あなたが生きていることに意味はあるのよと彼に告げ共にイーストプールで月と寄り添うメティアを見つめたあの夜から。
ジョシュアが二度も与えてくれたあなたが生きていくその道、決意、覚悟。それらを支えると決めたのだから。

ケネスがかつての厨房で定番のメニューにしていたシチュー。材料を足して水を足せば枯らさないで良いからねと彼の遺志を継いだモリーは熱が下がって来たら食べてもらうからと今も仕込んでくれている。すりおろした消化に良い果実と蜜を緩めのお湯で溶き。解熱剤をしっかりと飲んでもらってから。
ジル。
熱に浮かされている訳でない。愛おしい人を呼ぶかのような柔らかな声質が彼女の耳にことんと響く。
「…ありがとう」
「…眠って、クライヴ」
おやすみなさい。幾度目かの汗を拭きとって彼に優しく返した。彼からの優しい眼差しを愛おしく感じた後、クライヴは静かに眠りについた。
合わせたようにそっと扉が開き、モリーがジルの分のパンとシチューを届けに来てくれた。
“今夜はずっとここに居るんだろう”
“トルガルへ今眠りについたと教えて上げて”
女性ふたりは何も言わず視線でそのやり取りを済ませ。モリーが再びそっと出て行った。
おやすみ。クライヴ。
あの日にメティアへ祈りを捧げてから。おはようと挨拶を交わすまで。
とても…長かった。マザークリスタルもまだ、ひとつだけ。無作為にエーテルを搾取しこのヴァリスゼアの大地を痛めつけている。
それはヴァリスゼアの大多数の人々も同じだ。保護活動の為に世界の情勢を見て回って。かつて確かにあったあたたかさが失われていくロザリアだけではない。ザンブレクも、ダルメキアも。…そしてあの国でも。大した情報が手に入らないウォールード王国もまた。
ベアラーたちは日々命を落としていく。ドミナントである彼らも今も変わらず戦地に駆り出されているのだ。
私たちが—あなたが動き出してそれらが大きく変わる訳ではない。迫害は更に厳しくなる。
罪人だと責められるのと同じく、死に向かくこの大陸の掟(ルール)から逸脱をしようとしないベアラーたちはあなたへ苦しく辛い現実の責任を問う。その中で抗うのだ。
眠りについた彼の手はジルの手をほどいていた。再び握り返すことは出来ない。
彼の傍でこの世界の現実を受け止めることは出来る。まだ、彼の炎を—あなたが私に注ごうとしてくれるそのあたたかさを受け入れられない。
ただ、再会出来て彼と共に過ごすようになってから自らの内に沸き起こるひとつの想いがある。抑えることが出来ない。
(人でありたいの)
あなたとずっと—…。
そっと冷めてしまわないようにモリーが運んできてくれたシチューに口をつけた。
あたたかいメニューを中心にね。厨房の設計をバードルフやクライヴと相談しながらモリーが腰に手を当てしゃきっと立ち、譲れない想いをふたりに向けた。
理由について尋ねてみようかと思うと見抜いて来たモリーはそれがケネスの願いだったからさと元気に笑ってくれた。
ベアラーたちはまともな食事にありつけない。固く冷たい床で見放され放り出されるように眠りにつくなんてざらだ。
だからさ、ここに来たら。まずはあったかいものからな。身体の中から温まるのってすごく幸せなことなんだよ。
ケネスは良くそう言っていたもんさ。
シドの拠点に来て間もない頃、ケネスに頼まれ。同じベアラーたちの食事を運ぶ手伝いをしたことを思い出してレシピがまだ残っているならここに貼り出して置いてくれとクライヴはモリーに頼んだ。
「美味しい…クライヴ、熱が下がったらまた一緒に食事をしましょう」
隠れ家で目が覚めて直ぐにあたたかいお茶を喉に通して。間もなく彼とあたたかいシチューで共に食事を取ったことを覚えている。
あたたかさをまだ感じられるのだと、抱きしめられたあの時に思い出せた。
熱が引くまで時間はかかる。
温くなった桶の水を入れ替えるついでに食器の片づけを終え身なりはさっと整えて。
彼の左手にまた自分の右手を重ねながらジルは丁寧に額や首筋に浮かんだ汗を拭き取り傍でクライヴの寝顔を見つめていた。


朝がほんのりと明けてくる頃。ぼんやりと意識が覚めて来たクライヴは傍らでジルが眠りについていると気づいた。
(ずっと…いてくれたのか)
痛みと熱がまだ残る身体をぐっと右腕に力を入れ起こし。額に置かれていた綿花の布と己の左手に彼女が重ねていた右手がするっと落ちた。それに合わせてジルも目を覚ます。
「‥‥ん…起きているの?」
瞬きを数回した後、彼女も頭を上げた。
「おはよう。ジル」
「おはよう。クライヴ」
再会してからずっと続けて来たこの夜と朝のやり取り。
「まだ、動いてはだめよ」
彼の顔色を見つめジルはすぐにでも動き出そうとする彼をこの時ばかりは止めようとする。
「だが、皆の前に出なければ」
強い眼差しで彼女へシドとの誓いから来る決意を改めて伝える。
「…分かったわ。まずはタルヤ達のもとへ。薬草をあててもらいましょう」
熱が下がり切っていない身体ですぐに動けるのかしらと思うとクライヴはしっかりと立ち上がり医務室へと向かう。
ジルは静かに付いて行く前に—彼が握りしめてくれた左手をそっと眺めた。
あなたの熱から確かに私に伝わって来たあなたの覚悟と決意。大切なものを守ると…いつだって誰かの為に。その炎の想い。だから私は—…。
(あなたに誇れる私でありたい)
それは貫くための氷の意思から為るものか。
それとも、その熱で私をこのまま溶かして欲しいと思い浮かんで来た何と呼称をつけたら分からないものだろうか。

(あなたと一緒にいたい)


未だまだ見せられない心の奥底が疼くのを遠く感じながらジルは彼の傍へ寄るように後を追った。