シドとジル。
シドに取っては対とも言えるクライヴとベネディクタへの想い。
※さらに膨らませたこばなし“風の音”も。
その手を
ムーアと呼ばれる小さな集落ながらその実態はこうした場所であっても幼い子どもですらベアラーたちに対する残酷な認識を持っているのだと現実を叩きつけてくるザンブレク皇国に関してシドルファスは知っていることを捉えられていた劣悪な環境から連れ出されて間もないジルへ伝える。
マダムこと協力者のひとりであるイサベラの信頼を勝ち得てもらう為にトルガルと別行動をしているクライヴとはそこにある教会で落ち合う手はずを共に整えていた道中。
ベアラーやドミナント、マザークリスタルに関して皮肉めいた冗談と背後にある真剣さとは異なる淡々とした雰囲気であくまで自身が知っている範囲にとどめた。
クライヴとノルヴァーン砦内にて行なったやりとりとは異なる。
皇国領内に関してはベアラー兵として駆り出されていたクライヴの方が詳しいのだろうが、わざわざ語りたくもない過去に触れる必要はない。
復讐心に囚われていた間は外の世界へ意識を向けてこの世界の現実などそもそもあいつの中には入って来なかったであろう。
無理やりこじ開けようとするならジルの何一つ望んで来ないまま重ねて繰り返すしかなかった年月に触れざるをえない。
シドはクライヴと共に再び歩み出したジルと足並を揃えながら視線を向けた。
美人が怒ると迫力があるとはよく言ったものだがジルは静かな物言いの中に閉じ込めているものがありそれと同時にそこから抗おうと毅然とした態度を示すとシドは判断をしている。時折きつさも感じる視線の横で物事に対する判断が理性的だ。
クライヴ曰く彼女は昔から物事を真剣に見つめていてまっすぐだったと男ふたりで打ち合わせをしていた時にすっとそう話して来た。
それはお前に関してそうなんだろうと思ったりしたものだが彼女が心を閉ざし見せないようにしている以上そこに踏み込めるのは目の前にいるこの男だけなのだ。
時の流れが解決してくれる訳ではない。
これから自分たちが抗いくそったれな檻(ルール)をマザークリスタルごと破壊し―このヴァリスゼア大陸で生きている全てのものにとってそれ自体が望みとならなかったとしても自ら辿り着ける救いがある。
それをふたりが見出せるかどうかに掛かっている。
見せているものと見せていないもの。
見出せたものと見出せなかったもの。
それは今の自分が抱いている想いそのものなのだとシド自身はそう考えている。
震えていて一回り程小さい掌でしっかりと自分の手を握り放そうとしなかった金色の髪の少女。
ベネ、と呼ぶようになるとそれまで家族と呼ぶ間柄の者や他者にそうした愛おしさを与えられたことがなかったからだろう。目を伏せ噛みしめるかのようにそっと笑みを浮かべた。姓がないままでは騎士としての任務に就くことが出来ないとあの男自らハーマンと名付けられた。
愛称で呼び姓が与えられた女は人らしい終わりを迎えられるとその時はそう思っていた。
あの時も手を取ってやりたかった。シド自身はメティアへの祈りを信じてはいない。
自身が外大陸から来たことが理由のひとつ。また同じく外大陸から来たこの灰の大陸を統一した男の傍にいたが故に。
頷いて手を取ってくれたのだと、救いとなれたのだとそう思っていた。彼女は見出せたのだと。
結局何一つ届いておらず、救いですらなかった…。もう手遅れだとはっきりと分かってここで終わらせなければならないと判断したほどお前じゃなかった。
そっと焼け焦げ形を失ったかつての贈り物を返してやった。
ずっと持っていたのか。
何で意地ばかり張っていた、何故あの男についていったんだ。
…まさかバルナバスを狂わせたのが何なのか俺が知るまで―。
そこまで考えてシドは思考を別のことに切り替える。
お前ほど若けりゃ反旗を起こそうと無茶をしたかもな、とこの世界と自分の限界が近いのだと皮肉交じりに語って見せはじめたあの時に思考を寄せた。
フェニックスの力を扱うベアラー兵がいると噂を嗅ぎつけ風の大陸の中の皇国領ロザリアにて石の剣のドリスや協力者であるマーサから話を聞きながらザンブレク皇国内においてもイサベラを含め歓楽街の娼婦たちから上手く話をつけてもらい。
鉄王国の侵略を阻もうとダルメキアが防衛に回るならこちらも噂をされていたシヴァのドミナントも姿を見せるだろうとその読みは当たっていた。
他のドミナントと異なり片方は自分がドミナントであると知らず、片方は心を閉ざしていた。そしてふたりは外の世界とこの世界の現実を知らないまま随分と時が止まっていた。ドミナントとして覚醒すれば各国の戦力の切り札となるが故に俯瞰して風の大陸を見つめていた灰の大陸ウォールード王国は異なる。
だからといってドミナントやベアラーが過酷な扱いをされているのは変わりない。オットやカローンにタルヤ、ケネスを引き連れて共に風の大陸の黒の一帯の中で立ち上がったのはそうした理由だった。
国と王へ完全に見切りをつけて、別の手を差し出して来たベネディクタからも去った。
フェニックスゲートにおいてもう一体の火の召喚獣が現れたとその噂が始まったのがいつ頃で大公と共にひとりは亡くなりもうひとりは行方知らずとされていたロザリアのふたりの王子—当時の年齢を今はどれくらいなのか検討をつける為に尋ねてみていささか驚いた。
同じ、なのかと。
―シドルファス、バルナバス様と共に行こう。
このままではお前に待っているのは全身の石化であり無残な死でしかない―。
「石化しちまう理由についてはそこまで突き止められなかった。まあそれについてはマザークリスタルを創った神様みたいなのに聞くしかないんだろうな」
「…方法はあるの」
鋭い視線はこの世界に蔓延る認識から来る現実が厳しいものであるとよく分かっているからだろう。
「一度、コアとなる部分をこの目にしている。あそこにあるのは明らかに禍々しい力だ。出てきたお相手さんもそこら辺の魔物とは全然違う」
ジルが大きく頷いて同意した。
「…フェニックスゲートの中で見たことも無い遺物たちをこの目にした。ヴァリスゼアに存在している生き物たちとは全く異なっていた。そのことに関しても私もクライヴも何も知らなかったのだと思い知らされたわ。…だからこそ、シド。あなたの前で彼と誓った」
「良い心構えだ。前に進むと決めたあいつを支えてやってくれ」
ラムウのドミナントとして酷使してきた体の石化をわざとクライヴに見せた。あいつのその時の表情とベアラー含めこの現実を知って動き出せなければならないという決意を感じ取って―ようやく見出せた、そう思ったんだ。
知っていることと伝えなければならない現実は出来る限りこれからも見せていくつもりだ。
見せていないものは…あいつはこの先どうするんだろうな。限界が近い自分とは違う。
人が人でいられる世界を、と誓ってくれたのだ。
前に進む以上と決めたのならそれすらも受け入れるんだろうな。果たして自分の身がそれを見届けられるまで持つのだろうか。
お前が見出すものは俺が見出せないもの。きっと俺はそれを見届けられない。
(それでもいいさ)
―それで、いい。
「…?シド、今何て…」
「いや、ジル。お前さんのような美人が睨むと迫力があるなあと」
あのね、と呆れた彼女に偶にはそうやってクライヴに怒ってやれよとうっかりするとあいつはすぐお前に甘えてくるぞとさらにからかうように続けるシドにジルはもう何も言わず目的の教会へと足を早めた。
おーい、ジル。おじさまを労われとシドも後から続いていく。
シドルファスもジルも見出せていない訳ではなかった。
ただ、気づいていなかった。
彼が足を滑らせたシドを助けた時に自分の手をじっと眺めていたことを。その本質を。
他のドミナントへと踏み込み、あらゆるものを背負って前に進みと決めた彼のその手に宿る炎の意味を。
そこに踏み込めるのは他者に力を分け与えられる唯一の存在。
フェニックスのドミナントであり、彼の弟である。彼の弟だけが兄へと踏み込んでその手を差し伸べるのだ。
そしてその手に炎を宿して再び彼は誓う。
※
風の音
(シドルファスとベネディクタ)
神様は世界を創造された。
山も川も谷や風も全ては御心のまま存在する。
あなたに会えて風のように心が軽く自由な気持ちよとベネディクタが雷の力を宿す男へ伝えたかった本心をクライヴが知るのはふたりが亡くなる少し前と…大分後となる。
天高く舞い上がり光を宿す存在としても相応しい聖竜騎士団を率い、その身にバハムートを宿しルサージュ卿の実子としてザンブレク皇国において誰しもが敬愛を寄せるドミナント、ディオン・ルサージュへシドルファスはヴァリスゼアの人々にとって加護であり聖域ともいえるマザークリスタル・ドレイクヘッドに備えられた神殿を目の前にしながら問う。
“ザンブレクの人々は自由なのか”と。
その一瞬の揺らいだ想いの隙に彼は同じドミナントの男から全速力で逃げ出した。
“自由、か。そりゃ嬉しいもんだ”
ベネディクタがシドから贈られたガルーダを象るペンダントを取り出し握りしめる。
“いつかあなたが言ってくれた。ドミナントであっても、私も人として―”
“せめて、だな。俺もお前も”
(ベアラーたちやバルナバスが)
人らしく死ねるように。
バルムンク監獄へとも連なる城塞を抜けると妖艶さも感じる淡い紫の煌めきを放つマザークリスタルドレイクスパインが目に飛び込んでくる。平原へと下るその階段にふたりで座り込んで出会って幾度目かになる新たな大陸歴を迎えた。
ウォールード王国は王制でありながら王はただひとり。不思議なことだが周りの兵や召使いたち誰一人としてバルナバスが妻を娶ることについて提案しない。自分も含め、だ。
もっとも養子を持つ自分が偉そうに言えたものでもないが。
“逃げ出したくならないのか”
限りある資源に人々が押し寄せているこの現実。迫りくる黒の一帯。
それともお前は戦いの中でしか死ねないのか。
「シドルファス。また考え事か」
私には素直でいて良いと言うのに。
「年を取るってのはそういうことだ」
それに探求は悪いものじゃないぜ。
風が一筋さわやかに吹いた。ベネディクタが心地よさそうに瞳を閉じている。
「そうだな。いつだって、お前は誰かを想っている。人として生まれた意味があると教える為に」
私もこの風のように最後まで自由でありたい。人である意味を探し求めて。
黒の一帯を引き起こしている元凶はマザークリスタルだと証拠を上げて全てをぶちまけた。このヴァリスゼアに起きている現実と真実を。
王座に就く目の前の男は不気味なほど感情がなく、それでいて狂っていた。
ベネディクタは狂いたかった訳でない、ただウォールード王国で耳に入って来たある教団の教えが頭から離れなくなった。
神様とやらは風を創った、と。
凶暴で残虐な風の力。うなり切り刻み、そして破壊しつくすその力。
とても人の手に負えるものではなかった。全てのドミナントがそうだった。
ラムウである俺も、凶暴な嵐へと変貌したベネディクタや世界を混沌へと巻き込む闇のオーディン・バルナバスも、ダルメキアの一卒兵でしかなかったタイタンを宿す男、ザンブレクの皇子様や亡くなったはずのフェニックスのドミナント。
シヴァの氷の力を宿す淑女と同じ属性がふたつも存在することなどありえないイフリートのドミナント。
ガルーダの力はイフリートのドミナントのものとなった。俺のラムウの力ももうすぐそうなるのだ…。
ジルと共にクライヴと落ち合う場所としてムーアを目指した。小高い丘に教会があり何かとやりやすいのだ。協力者であるマーサも皇国領となったロザリアにて建てられた教会の方で命が投げ捨てられる直前のベアラーの彼らを引き取りながら最後は人らしく死ねるようにと必死に匿っている。
小麦畑でベアラーたちが酷使されているザンブレク皇国で起きている同じ現実にジルが心を痛めているのが分かる。
目を逸らさず彼らの様子をつぶさに観察しながら主たちに気づかれないように現状を受け止めている。その彼女と並びながら同じようにこの現実を受け止め。彼らのやり取りへ注意深く耳を傾けた。
海の向こうでは大津波が時を止めたような形状のものが目に入った。海の慟哭とも言えるような自然の現象では考えられないもの、確かに気にはなる。
マクルドゥロワ丘陵にはミシディア監視塔と呼ばれる塔があり、向こう岸は北部となるが…。凶暴な風の力として、もう手遅れだお前ではないのだと―散っていったベネディクタのあの姿がこの目に焼き付いていて離れず。
北部ともなればジルの過去へ触れることになる、彼女が語りたがらない血塗られた兵器だった年月を含めて、だ。
俺が踏み込んでよい領域ではない、それが出来るのはクライヴだけだと切り替えて歩みを進めた。
風は波と小麦畑を揺らす音を奏でていた。
大地を歪めエーテルを無作為に奪いこのヴァリスゼアを痛めつけ荒れ狂う破壊と共に死を招く力。石化と共に多くの命を奪い、そして人として扱わないこのくそったれな世界の理(ルール)。
そんなものが人に与えられる力であってたまるか。荒れ狂う力をコントロールすら出来ないならそんな神様はこちらから願い下げだ。
贈り物はお前へと相応しいものを、と―…。
ベネディクタ、お前と語り合ったあの日の風の音を俺は忘れない。
忘れられないからこそ、クライヴ。お前を見つけたのだとラムウの力ごと託す。
(時々、無性に逃げたくなる)
(その重さに潰れそうになる)
―それでも良いさ。
あいつしかいないとシドが言っていたとオットーは俺へ教えてくれた。
…全く勝手だな。
だけど、俺に生きる意味を与えてくれた。
ジルとまた会えた。そしてジルは俺を愛してくれている、俺もジルを愛している。こんな俺でも誰かを愛せるのだと知れた。
(最後の夢を)
二代目シドとしてではなく。
“クライヴ”
炎の民、この身をもって不死鳥の盾とならんと誓ったひとりの男として。
シドへ言葉にして伝えることはもう出来ない。ハルポクラテス、綴ってくれるか。
俺がフーゴへ返した通り。シドは確かにベネディクタを想っていたと。
風のように人として自由であって欲しかったと。
※最後にクライヴの名を呼んでいるのはジョシュアです。
シドに取っては対とも言えるクライヴとベネディクタへの想い。
※さらに膨らませたこばなし“風の音”も。
その手を
ムーアと呼ばれる小さな集落ながらその実態はこうした場所であっても幼い子どもですらベアラーたちに対する残酷な認識を持っているのだと現実を叩きつけてくるザンブレク皇国に関してシドルファスは知っていることを捉えられていた劣悪な環境から連れ出されて間もないジルへ伝える。
マダムこと協力者のひとりであるイサベラの信頼を勝ち得てもらう為にトルガルと別行動をしているクライヴとはそこにある教会で落ち合う手はずを共に整えていた道中。
ベアラーやドミナント、マザークリスタルに関して皮肉めいた冗談と背後にある真剣さとは異なる淡々とした雰囲気であくまで自身が知っている範囲にとどめた。
クライヴとノルヴァーン砦内にて行なったやりとりとは異なる。
皇国領内に関してはベアラー兵として駆り出されていたクライヴの方が詳しいのだろうが、わざわざ語りたくもない過去に触れる必要はない。
復讐心に囚われていた間は外の世界へ意識を向けてこの世界の現実などそもそもあいつの中には入って来なかったであろう。
無理やりこじ開けようとするならジルの何一つ望んで来ないまま重ねて繰り返すしかなかった年月に触れざるをえない。
シドはクライヴと共に再び歩み出したジルと足並を揃えながら視線を向けた。
美人が怒ると迫力があるとはよく言ったものだがジルは静かな物言いの中に閉じ込めているものがありそれと同時にそこから抗おうと毅然とした態度を示すとシドは判断をしている。時折きつさも感じる視線の横で物事に対する判断が理性的だ。
クライヴ曰く彼女は昔から物事を真剣に見つめていてまっすぐだったと男ふたりで打ち合わせをしていた時にすっとそう話して来た。
それはお前に関してそうなんだろうと思ったりしたものだが彼女が心を閉ざし見せないようにしている以上そこに踏み込めるのは目の前にいるこの男だけなのだ。
時の流れが解決してくれる訳ではない。
これから自分たちが抗いくそったれな檻(ルール)をマザークリスタルごと破壊し―このヴァリスゼア大陸で生きている全てのものにとってそれ自体が望みとならなかったとしても自ら辿り着ける救いがある。
それをふたりが見出せるかどうかに掛かっている。
見せているものと見せていないもの。
見出せたものと見出せなかったもの。
それは今の自分が抱いている想いそのものなのだとシド自身はそう考えている。
震えていて一回り程小さい掌でしっかりと自分の手を握り放そうとしなかった金色の髪の少女。
ベネ、と呼ぶようになるとそれまで家族と呼ぶ間柄の者や他者にそうした愛おしさを与えられたことがなかったからだろう。目を伏せ噛みしめるかのようにそっと笑みを浮かべた。姓がないままでは騎士としての任務に就くことが出来ないとあの男自らハーマンと名付けられた。
愛称で呼び姓が与えられた女は人らしい終わりを迎えられるとその時はそう思っていた。
あの時も手を取ってやりたかった。シド自身はメティアへの祈りを信じてはいない。
自身が外大陸から来たことが理由のひとつ。また同じく外大陸から来たこの灰の大陸を統一した男の傍にいたが故に。
頷いて手を取ってくれたのだと、救いとなれたのだとそう思っていた。彼女は見出せたのだと。
結局何一つ届いておらず、救いですらなかった…。もう手遅れだとはっきりと分かってここで終わらせなければならないと判断したほどお前じゃなかった。
そっと焼け焦げ形を失ったかつての贈り物を返してやった。
ずっと持っていたのか。
何で意地ばかり張っていた、何故あの男についていったんだ。
…まさかバルナバスを狂わせたのが何なのか俺が知るまで―。
そこまで考えてシドは思考を別のことに切り替える。
お前ほど若けりゃ反旗を起こそうと無茶をしたかもな、とこの世界と自分の限界が近いのだと皮肉交じりに語って見せはじめたあの時に思考を寄せた。
フェニックスの力を扱うベアラー兵がいると噂を嗅ぎつけ風の大陸の中の皇国領ロザリアにて石の剣のドリスや協力者であるマーサから話を聞きながらザンブレク皇国内においてもイサベラを含め歓楽街の娼婦たちから上手く話をつけてもらい。
鉄王国の侵略を阻もうとダルメキアが防衛に回るならこちらも噂をされていたシヴァのドミナントも姿を見せるだろうとその読みは当たっていた。
他のドミナントと異なり片方は自分がドミナントであると知らず、片方は心を閉ざしていた。そしてふたりは外の世界とこの世界の現実を知らないまま随分と時が止まっていた。ドミナントとして覚醒すれば各国の戦力の切り札となるが故に俯瞰して風の大陸を見つめていた灰の大陸ウォールード王国は異なる。
だからといってドミナントやベアラーが過酷な扱いをされているのは変わりない。オットやカローンにタルヤ、ケネスを引き連れて共に風の大陸の黒の一帯の中で立ち上がったのはそうした理由だった。
国と王へ完全に見切りをつけて、別の手を差し出して来たベネディクタからも去った。
フェニックスゲートにおいてもう一体の火の召喚獣が現れたとその噂が始まったのがいつ頃で大公と共にひとりは亡くなりもうひとりは行方知らずとされていたロザリアのふたりの王子—当時の年齢を今はどれくらいなのか検討をつける為に尋ねてみていささか驚いた。
同じ、なのかと。
―シドルファス、バルナバス様と共に行こう。
このままではお前に待っているのは全身の石化であり無残な死でしかない―。
「石化しちまう理由についてはそこまで突き止められなかった。まあそれについてはマザークリスタルを創った神様みたいなのに聞くしかないんだろうな」
「…方法はあるの」
鋭い視線はこの世界に蔓延る認識から来る現実が厳しいものであるとよく分かっているからだろう。
「一度、コアとなる部分をこの目にしている。あそこにあるのは明らかに禍々しい力だ。出てきたお相手さんもそこら辺の魔物とは全然違う」
ジルが大きく頷いて同意した。
「…フェニックスゲートの中で見たことも無い遺物たちをこの目にした。ヴァリスゼアに存在している生き物たちとは全く異なっていた。そのことに関しても私もクライヴも何も知らなかったのだと思い知らされたわ。…だからこそ、シド。あなたの前で彼と誓った」
「良い心構えだ。前に進むと決めたあいつを支えてやってくれ」
ラムウのドミナントとして酷使してきた体の石化をわざとクライヴに見せた。あいつのその時の表情とベアラー含めこの現実を知って動き出せなければならないという決意を感じ取って―ようやく見出せた、そう思ったんだ。
知っていることと伝えなければならない現実は出来る限りこれからも見せていくつもりだ。
見せていないものは…あいつはこの先どうするんだろうな。限界が近い自分とは違う。
人が人でいられる世界を、と誓ってくれたのだ。
前に進む以上と決めたのならそれすらも受け入れるんだろうな。果たして自分の身がそれを見届けられるまで持つのだろうか。
お前が見出すものは俺が見出せないもの。きっと俺はそれを見届けられない。
(それでもいいさ)
―それで、いい。
「…?シド、今何て…」
「いや、ジル。お前さんのような美人が睨むと迫力があるなあと」
あのね、と呆れた彼女に偶にはそうやってクライヴに怒ってやれよとうっかりするとあいつはすぐお前に甘えてくるぞとさらにからかうように続けるシドにジルはもう何も言わず目的の教会へと足を早めた。
おーい、ジル。おじさまを労われとシドも後から続いていく。
シドルファスもジルも見出せていない訳ではなかった。
ただ、気づいていなかった。
彼が足を滑らせたシドを助けた時に自分の手をじっと眺めていたことを。その本質を。
他のドミナントへと踏み込み、あらゆるものを背負って前に進みと決めた彼のその手に宿る炎の意味を。
そこに踏み込めるのは他者に力を分け与えられる唯一の存在。
フェニックスのドミナントであり、彼の弟である。彼の弟だけが兄へと踏み込んでその手を差し伸べるのだ。
そしてその手に炎を宿して再び彼は誓う。
※
風の音
(シドルファスとベネディクタ)
神様は世界を創造された。
山も川も谷や風も全ては御心のまま存在する。
あなたに会えて風のように心が軽く自由な気持ちよとベネディクタが雷の力を宿す男へ伝えたかった本心をクライヴが知るのはふたりが亡くなる少し前と…大分後となる。
天高く舞い上がり光を宿す存在としても相応しい聖竜騎士団を率い、その身にバハムートを宿しルサージュ卿の実子としてザンブレク皇国において誰しもが敬愛を寄せるドミナント、ディオン・ルサージュへシドルファスはヴァリスゼアの人々にとって加護であり聖域ともいえるマザークリスタル・ドレイクヘッドに備えられた神殿を目の前にしながら問う。
“ザンブレクの人々は自由なのか”と。
その一瞬の揺らいだ想いの隙に彼は同じドミナントの男から全速力で逃げ出した。
“自由、か。そりゃ嬉しいもんだ”
ベネディクタがシドから贈られたガルーダを象るペンダントを取り出し握りしめる。
“いつかあなたが言ってくれた。ドミナントであっても、私も人として―”
“せめて、だな。俺もお前も”
(ベアラーたちやバルナバスが)
人らしく死ねるように。
バルムンク監獄へとも連なる城塞を抜けると妖艶さも感じる淡い紫の煌めきを放つマザークリスタルドレイクスパインが目に飛び込んでくる。平原へと下るその階段にふたりで座り込んで出会って幾度目かになる新たな大陸歴を迎えた。
ウォールード王国は王制でありながら王はただひとり。不思議なことだが周りの兵や召使いたち誰一人としてバルナバスが妻を娶ることについて提案しない。自分も含め、だ。
もっとも養子を持つ自分が偉そうに言えたものでもないが。
“逃げ出したくならないのか”
限りある資源に人々が押し寄せているこの現実。迫りくる黒の一帯。
それともお前は戦いの中でしか死ねないのか。
「シドルファス。また考え事か」
私には素直でいて良いと言うのに。
「年を取るってのはそういうことだ」
それに探求は悪いものじゃないぜ。
風が一筋さわやかに吹いた。ベネディクタが心地よさそうに瞳を閉じている。
「そうだな。いつだって、お前は誰かを想っている。人として生まれた意味があると教える為に」
私もこの風のように最後まで自由でありたい。人である意味を探し求めて。
黒の一帯を引き起こしている元凶はマザークリスタルだと証拠を上げて全てをぶちまけた。このヴァリスゼアに起きている現実と真実を。
王座に就く目の前の男は不気味なほど感情がなく、それでいて狂っていた。
ベネディクタは狂いたかった訳でない、ただウォールード王国で耳に入って来たある教団の教えが頭から離れなくなった。
神様とやらは風を創った、と。
凶暴で残虐な風の力。うなり切り刻み、そして破壊しつくすその力。
とても人の手に負えるものではなかった。全てのドミナントがそうだった。
ラムウである俺も、凶暴な嵐へと変貌したベネディクタや世界を混沌へと巻き込む闇のオーディン・バルナバスも、ダルメキアの一卒兵でしかなかったタイタンを宿す男、ザンブレクの皇子様や亡くなったはずのフェニックスのドミナント。
シヴァの氷の力を宿す淑女と同じ属性がふたつも存在することなどありえないイフリートのドミナント。
ガルーダの力はイフリートのドミナントのものとなった。俺のラムウの力ももうすぐそうなるのだ…。
ジルと共にクライヴと落ち合う場所としてムーアを目指した。小高い丘に教会があり何かとやりやすいのだ。協力者であるマーサも皇国領となったロザリアにて建てられた教会の方で命が投げ捨てられる直前のベアラーの彼らを引き取りながら最後は人らしく死ねるようにと必死に匿っている。
小麦畑でベアラーたちが酷使されているザンブレク皇国で起きている同じ現実にジルが心を痛めているのが分かる。
目を逸らさず彼らの様子をつぶさに観察しながら主たちに気づかれないように現状を受け止めている。その彼女と並びながら同じようにこの現実を受け止め。彼らのやり取りへ注意深く耳を傾けた。
海の向こうでは大津波が時を止めたような形状のものが目に入った。海の慟哭とも言えるような自然の現象では考えられないもの、確かに気にはなる。
マクルドゥロワ丘陵にはミシディア監視塔と呼ばれる塔があり、向こう岸は北部となるが…。凶暴な風の力として、もう手遅れだお前ではないのだと―散っていったベネディクタのあの姿がこの目に焼き付いていて離れず。
北部ともなればジルの過去へ触れることになる、彼女が語りたがらない血塗られた兵器だった年月を含めて、だ。
俺が踏み込んでよい領域ではない、それが出来るのはクライヴだけだと切り替えて歩みを進めた。
風は波と小麦畑を揺らす音を奏でていた。
大地を歪めエーテルを無作為に奪いこのヴァリスゼアを痛めつけ荒れ狂う破壊と共に死を招く力。石化と共に多くの命を奪い、そして人として扱わないこのくそったれな世界の理(ルール)。
そんなものが人に与えられる力であってたまるか。荒れ狂う力をコントロールすら出来ないならそんな神様はこちらから願い下げだ。
贈り物はお前へと相応しいものを、と―…。
ベネディクタ、お前と語り合ったあの日の風の音を俺は忘れない。
忘れられないからこそ、クライヴ。お前を見つけたのだとラムウの力ごと託す。
(時々、無性に逃げたくなる)
(その重さに潰れそうになる)
―それでも良いさ。
あいつしかいないとシドが言っていたとオットーは俺へ教えてくれた。
…全く勝手だな。
だけど、俺に生きる意味を与えてくれた。
ジルとまた会えた。そしてジルは俺を愛してくれている、俺もジルを愛している。こんな俺でも誰かを愛せるのだと知れた。
(最後の夢を)
二代目シドとしてではなく。
“クライヴ”
炎の民、この身をもって不死鳥の盾とならんと誓ったひとりの男として。
シドへ言葉にして伝えることはもう出来ない。ハルポクラテス、綴ってくれるか。
俺がフーゴへ返した通り。シドは確かにベネディクタを想っていたと。
風のように人として自由であって欲しかったと。
※最後にクライヴの名を呼んでいるのはジョシュアです。